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新家族と趣味


学び 2018 

2018年11月18日(日) 奈良市月ヶ瀬公民館「月ヶ瀬で奥入瀬気分」講座



 奈良市月ヶ瀬公民館の「月ヶ瀬で奥入瀬気分」講座に行ってきました。参加者は9名。いずれも抽選に当たった方ばかりです。今日のポイントの一番は何と言っても「ななまるカード}を初めて使ったこと。片道1340円がなんと100円。一時間20分のバス旅を堪能しました。二番目はたった九人の中にもう一人同姓さんがいたこと。珍しいだけにびっくりでした。三番目は二名歩こう会のメンバーがいたこと。四番目は館長さんのご主人が長崎南高校だったこと。さらに甥の長女を大学時代に教えたとか。びっくりの月ヶ瀬です。番外ですが松原市少年自然の家がなんと奈良市にあった。毎日常駐してるみたいでお昼ご飯もそこで食しました。
 奥入瀬気分ではちょっと小粒でしたが川の流れと森林がマッチしてすごくきれいでした。また先生から道すがら草花の名前を教えてもらい凄く勉強になりました。好天に恵まれ森林浴やすばらしい景色を満喫した、そして思い出に残る出来事に感嘆した一日になりました。

2018年11月10日(土) 陸上自衛隊大久保駐屯地モニター 八尾基地ヘリコプター搭乗


 今日は陸上自衛隊大久保駐屯地のモニター活動。八尾基地でUH-1というヘリコプターの搭乗体験です。モニター5名で乗り込みます。運よく私はコクピットの真後ろ。臨場感たっぷりです。八尾空港を飛び立って大和川を大阪湾に向かいます。右下には長居競技場、そしてあべのハルカス。帰りは仁徳天皇陵。素晴らしい眺めです。音・振動・・・最高の一日でした。

2018年10月26日(金) 奈良市生涯学習センター 「古典文学講座」


 今日は奈良市生涯学習センターの古典文学講座(講師 阪口由佳先生)の最終回。「佐紀・登美・生駒山の歌と伝承」です。その中でも生駒は30代から40代を過ごしたところ。登美(学園前)は50代から現在までの住まい。まさしく地元の歌と伝承です。
まずは万葉集に歌われた生駒山。
◆万葉集 巻15 三五八九 遣新羅使人 736年6月1日
 由布佐礼婆 比具良之伎奈久 伊故麻山 古延弓曽安我久流 伊毛我目乎保里
 夕されば ひぐらし来鳴く 生駒山 越えてそ我が来る 妹が目を欲り
 夕方になるとひぐらしが来て鳴く生駒山を越えて私は来た。あなたに逢いたくて。
大阪から生駒山を超えてあなたに逢いに来たんだよという恋の歌です
◆古事記 中巻 神武天皇
 登美能邦賀須泥毘古(とみのながすねびこ=登美に住んでいる脛が長い(背が高い)男)が神武東征を妨げた話を日本書紀の記述と交えて講義。
正にうちの近所。散歩コースそのものです。
 身近な地域が読まれている万葉集を5回にわたってわかりやすく、そしてユーモアたっぷりの講義で、本当に古典が好きになりました。

2018年9月28日(金) 奈良市生涯学習センター 「古典文学講座」


 今日は古典文学講座(阪口由佳講師)の第4回目。テーマは万葉集「石上布留(いそのかみふる)」の歌です。まずは古事記に出てくる布留の由来。石上神宮や布留は何回も行ったところで親近感も最高!その後は万葉集で布留が歌われる歌の勉強です。
今回も万葉仮名と合わせて紹介します。
万葉集 巻4・五〇一 柿本朝臣人麻呂
「未通女等之 袖振山乃 水垣之 久時従 憶寸吾者」
「娘子らが 袖布留山の 瑞垣の 久しき時ゆ 思ひき我は」
 乙女が袖を振るという布留山の神垣のように 久しい前から思っていた、わたしは。
万葉集の巻4は全て相聞=恋の歌だそうです。柿本人麻呂も恋の歌を詠んだんですね。
もう一つ面白いものを!
万葉集巻9・一七八七 の一節
「色二山上復有山者」(万葉仮名)=「色に出でば」と読みます。色二(いろに)と者(ば)はわかりますが・・・
答は山の上にまた山→出(出ず)だそうです。昔の人もユーモアというかゆとりがあったんですね。
解りやすく、そして身近に古典を学ぶ 楽しい勉強のひと時でした。
そしてFBの友達、高校の後輩、横山恵理さんが奈良学セミナーの講師を務めるとのこと嬉しかったです。ちなみに横山さんは講師の阪口由佳さんの大学の後輩だそうです。

2018年7月27日(金) 奈良市生涯学習センター 「古典文学講座」


 今日は阪口由佳講師による古典文学講座、第3回「高円の歌」。奈良在住の者には高円山は身近な山。万葉人にも親しまれた山です。
 その中から印象に残った歌を二首。
巻8(季節の歌をまとめた巻)1630。あの大伴の家持がいとこであり妻である坂上大嬢に贈る歌。
「高円の 野辺のかほ花 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも」
(高円の野辺のかお花のように、面影がちらついて あなたを忘れられない)
 <かお花:かきつばた、ひるがおなどの説あり>
巻20 4295 8月12日 二三の大夫等、各壺酒を提りて高円野に登り、いささかに所信を述べて作る歌。(753年)
「多可麻刀能 乎婆奈布伎故須 秋風尓 比毛等伎安気奈 多太奈良等母」 原文=万葉仮名
「高円の 尾花吹き越す 秋風に 紐解き開けな 直ならずとも」
(高円のススキを吹きこす秋風に紐を解き開けよう、共寝するのではなくても)
左京少進 大伴宿祢池主 の歌

 特に4295の歌は正に万葉仮名。初めて実際の万葉仮名が使われている歌を学びました。
ますます万葉集が面白くなる!それにしても奈良在住の贅沢なひと時でした!

2018年7月17日(火) まほろば歴史講座 「後醍醐天皇と南北朝」


 第4回は「建武の新政」です。後醍醐天皇、護良親王、楠木正成の挙兵。また足利高氏の幕府裏切り、新田義貞の討幕と瞬く間に建武の新政が実現。ところが政策遂行力不足、高氏(尊氏)の裏切りなどであっけなく瓦解。後醍醐天皇はまたしても吉野に逃亡。でも三種の神器を持って逃げたことで大覚寺統、持明院統の併立という南北朝スタート。
 今回はこのだれもが知っている話に加えて三種の神器を学びました。そもそも三種の神器とは天孫降臨の時に天照大神が授けたという「鏡、剣、玉」を指し日本の歴代天皇が継承している三種の宝物。
・八咫鏡(やたのかがみ)は伊勢神宮に。
・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は皇居に。
・雨叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は熱田神宮に。
皇居にない神器は形代(レプリカみたいなものだが準神器)として皇居に保管されています。
 明治天皇はこの三種の神器が南朝方にあったのを根拠として南朝を正式の皇統と決定したとのこと。
 ちなみに今上天皇は1989年1月7日に宮殿松の間で行われた「剣爾等承継の儀」において神器を継承されたという。
よく聞く三種の神器って奥が深いというよりようわからんという感じでした。

2018年6月22日(金) 奈良市生涯学習センター 古典文学講座


 今日は奈良市生涯学習センターで古典文学講座「奈良市周辺の万葉歌」第2回「恭仁京の歌」を受講してきました。講師は阪口由佳先生。聖武天皇が藤原広嗣の乱の波及を恐れ東国に退避し11月に平定後もそのまま恭仁京にとどまり遷都。わずか3年間の都となった。そのころに歌われた万葉集について学習。
有名なのは
万葉集 巻6-一〇三七 大伴家持の歌
「今造る 久仁の都は 山川の さやけき見れば うべ知らすらし」
(今造る恭仁の都は山川がすがすがしいのを見ると都が作られるのも当然らしい)
写真の三番目の句碑です。
身近に感じたのは
万葉集 巻6-一〇五七 田辺福麻呂の歌
「鹿背の山 木立を繁み 朝去らず 来鳴きとよもす うぐひすの声」
(鹿背の山の木立が茂っているので朝いつ来ても鳴き響かせるうぐいすの声)
この鹿背山は2月に会社OBの歩こう会で2回も登った山です。この歌のことは知らなかった!写真四番目は頂上からの木津川を眺望しています(恭仁京は右上流)
 万葉集が身近に感じることって本当に幸せです。同時にまほろば歴史講座で学んだ聖武天皇の事柄の復習や知識の広がりという満足のいくひとときでした。

2018年6月18日(月) まほろば歴史講座 「後醍醐天皇と南北朝」



 昨日は大阪北部地震でした。奈良は震度5弱ということで棚から物が落ちたくらいで異常ありませんでした。たくさんの方から安否を心配して連絡をいただき感謝しております。
 そんな中まほろば歴史講座に行ってきました。
今回は後醍醐天皇と南北朝の第3回目、「笠置山の戦い」でした。思ってもみなかった天皇を継承した後醍醐天皇。ただしリリーフの一代限り。何かをしようとすると鎌倉幕府が邪魔をする。にっくき幕府!そこで打倒計画を練るもばれて失敗(正中の変)。さらに関東調伏の祈祷でまたばれて笠置山へ。近隣の悪党(土豪)の力を得て幕府軍と戦いますが落城。隠岐の島へ流されてしまいます。それでもめげない後醍醐天皇は僅か1年未満で脱出。名和長年に迎えられて船上山へ。ここまでが今回の講義。地震の日に申し訳ないと思いながらもついつい引き込まれる充実した受講でした。

2018年5月27日(土) 陸上自衛隊大久保駐屯地モニター 創設61周年記念行事


 昨日(5/27)は陸上自衛隊大久保駐屯地モニターとして記念行事に行ってきました。最初は観閲式。各隊別行進と施設団(工兵隊?)としての車両行進。そして音楽演奏や訓練展示(戦車などによる侵入部隊撃破と失地回復訓練)などを見学しました。
 昼からは記念会食でのモニターや士官との会話と戦車試乗などの装備見学でした。何と言っても戦車試乗は初めての体験で最高でした!
 とはいえ国際環境の悪化の中で国を守ってくれる、そして災害時に身を粉にして復旧作業を行ってくれる自衛隊を単に憲法論議だけでなく実際に隊員に触れ、装備を見て理解を深めたうえで論議すべきだと思いました。
特に国民党の国会議員が歯の浮くような祝辞を述べるのを見ていると少なからず違和感を覚えました。(本人のホームページには自衛隊など一言も触れてないのに(笑))

2018年5月25日(金) 奈良市生涯学習センター 古典文学講座


 今日は奈良市生涯学習センターで古典文学講座「奈良市周辺の万葉歌」を受講してきました。講師は同志社大学講師の阪口由佳先生です。全5回の1回目は「春日・佐保の歌」。春日山、佐保川、佐保山など身近な地名が万葉集に数多く歌われているとのこと。
「千鳥鳴く 佐保の川瀬の さざれ波 止む時もなし 我が恋ふらくは」(千鳥が鳴く佐保川の瀬のさざ波のように、絶えるときはありません。私が恋しく思うことは。)万葉集巻4 五二六 大伴坂上郎女の歌。彼女はあの万葉歌人の大伴家持の妹。などなど講師のわかりやすい解説でなんだか古典が好きになった感があります。まさに奈良に住む者の特権を感謝した講座でした。
 もう一つ。講座の待ち時間にサツキの盆栽展を鑑賞。これも心が癒されるひと時でした!

2018年5月14日(月) まほろば歴史講座  「後醍醐天皇と南北朝」校外学習


 今日(5/14)は、まほろば歴史講座校外学習。今年のテーマである「後醍醐天皇と南北朝」の主要舞台の吉野へ行ってきました。まずは如意輪寺と後醍醐天皇陵へ。楠木正行の一族郎党143名がもとどりを切って訣別し、全員四条畷で討ち死にしたという記念碑が心に残りました。昼食後はこの春にも行った吉水神社へ。一目千本の絶景ポイントからは新緑が眩しい吉野の山が眺望されました。後は蔵王堂、吉野朝廷跡、吉野神宮などゆかりの地を講師の話を聞きながら大人の遠足を楽しみました。

2018年4月16日(月) まほろば歴史講座  「後醍醐天皇と南北朝」U 奈良ロイヤルホテル


まほろば歴史講座に行ってきました。今回は「後醍醐天皇と南北朝の騒乱」の2回目、「討幕の密儀」についての講義です。後醍醐天皇を討幕に駆り立てたのは@一代限りの天皇であった(次が決まっていた)、Aそれらを決める鎌倉幕府に反発した、B天皇親政を行いたかった。そして正中の変を画策(失敗)、幕府壊滅の呪詛を実施(失敗)。結果隠岐の島に流されることに。なかなかの根性もんです。ここまでが今回の講義。
その後は蘇我蝦夷・入鹿親子の古墳について。二人が埋葬された墓には諸説があり謎のまま。この話は歴史秘話ヒストリーの話も参考に具体的な内容(その付近は私も行ったことがある)でとても面白かったです


2018年4月8日(日) 陸上自衛隊大久保駐屯地 基地モニター委嘱式


写真左上、委嘱式、今年の新入隊員(今日が入隊式)、地雷除去車、きれいに整列した車両
 昨年航空自衛隊幹部候補生学校の基地モニターを一年間委嘱され、本当に勉強になりました。ひょんなことで今年は陸上自衛隊大久保駐屯地の基地モニターを委嘱されました。本日はモニター委嘱式。基地司令から一人ひとり委嘱状を授与していただきました。大久保駐屯地は施設団、一言で言うと工兵隊。橋を架けたり、陣地を作ったり、トンネルを掘ったり・・・、災害救助のプロフェッショナルでもあります。国際環境厳しい折、この一年間色んなことを学びたいと思います。授与式などは写真が撮れなかったので基地の様子です。


2018年3月12日(月) まほろば歴史講座 「後醍醐天皇と南北朝」 奈良ロイヤルホテル


 今日(3/12)は歩こう会下見とまほろば歴史講座のダブルヘッダー!疲れた足を引きずって奈良ロイヤルホテルへ。7年間続いている奈良をテーマにした歴史講座です。一昨年は「飛鳥・奈良時代の陰謀と政争」、昨年は「古代の豪族」を10か月にわたって詳しく、また興味深く講義をしていただきました。
 今年は「後醍醐天皇と南北朝」。奈良には平城京以降二つも都があった!それが吉野の南朝。誰でも知ってますよね。でもさらに南北朝統一から50年後に奈良川上村に後南朝があった。初めて知りました。南北朝の原因は後嵯峨天皇が兄弟二人に天皇を継がしたことから始まります。持明院統(北朝)と大覚寺統(南朝)。そして皇位継承予定がなかった後醍醐天皇に天皇が継承されたこと。後醍醐天皇は兄の94代後二条天皇が若死にしたためリリーフとして持明院統の花園天皇の後に96代天皇になります。ただ条件が一代限りでかつ短期。れでもそ天皇親政を目指しますが足利尊氏が加わって一層複雑に。結果南北朝に進展していくのです・・・・

2018年3月5日(月) 航空自衛隊奈良基地モニター会議


 一年間のモニター活動が終わりました!
 今回は最終のモニター会議。それぞれモニターの方から貴重な意見や感想が!その後は基地司令官の挨拶と記念撮影、記念会食。そして名残を惜しむような担当官との懇談。予定を1時間近くオーバーしてしまいました。
 
 昨年1月末の面接、2月末の採用決定。4月からのモニター活動。航空自衛隊のイロハを学ぶとともに学生の成長を目の当たりにしたこの一年間で、自衛隊への無関心からファン化した自分にも驚いています。それは自衛官の誠実さ、明るさ、気安さなど素晴らしい人間性を見せていただいたことが最大の要因です。国防は装備も大切ですがやはり人間力が基本だと思います。自衛隊はややもすると憲法論議やイデオロギーのはざまで継子扱いになっていますが、現実には国防や災害対応など身近に私たちを守ってくれていることに素直に感謝をしなければならないと思います。その意味でも貴重な体験でした。
 まさに70歳(もうすぐ)にして素直な学びの一年でありました。奈良基地のみなさんに感謝・感謝!です。

2018年2月16日(金) 航空自衛隊幹部候補生学校卒業式(奈良基地モニター)


 航空自衛隊幹部候補生学校の卒業式に奈良基地モニターとして出席しました。今日は卒業式にふさわしい快晴の暖かな日より。厳粛そのものの式典の後は記念写真。そして祝賀会食。特に祝賀会食では幹部候補生と一緒です。隣のU君は一昨日赴任先を聞かされ、月曜日には着任とのこと。優しく誠実そうな彼も国を守るという気概はさすが自衛隊員です。そして感動したのは卒業見送りの一糸乱れぬ素晴らしい部隊別行進。5月の観閲式からの成長の後が私にもわかります。1年でこんなにも成長するもんなんですね。基地モニターも正式行事は今回まで。日本の空を守ってくれる自衛隊員と接することができて安心感と信頼感がいつしか芽生えてきました。